「『Kz』という新元素」
おそらく十年以上も前のことだと思う。
札幌でライブを終えた後、居酒屋で大好きな吉幾三さんのモノマネを繰り返していたら、警察にツーホーされてしまった経験がある。
自分たち以外に客が居なかったのをいい事に、
「住み慣れたー!我が家にー!」
などと、共演者に求められるがままに全力でモノマネをしていたら、「男性同士の争う声が聞こえた」と、隣接する建物から110番通報があったのだ。
自分が「歌うと急に声がデカくなるタイプ」であることをすっかり忘れていた。
今ではお騒がせしたことを本当に申し訳なく、恥ずかしく思っている。
「心にも幾つかの傷もある」
これは吉幾三さんの言葉である。
私たちの心には「幾つもの傷」がある。
傷あとたちは、過去の苦しみを想起させ、その傷と共に生きてきた年月が長ければ長いほど、当時の記憶がまるで記号のように固定化してしまい、傷あとに対して否定的な感情しか持てなくなってしまう。
少なくとも私はそうであった。
先日、実家に帰省した際、私と同じく酒に酔った父親が「Tシャツに短パン」で居間に座していた。
なんと表現したらよいか。あれは一言でいうと「オヤジ・インティライミ」である。
父のスネには 5センチ大のやけどのあとがある。
そこだけ一切の毛が生えておらずツルツルしている。
よく話を聞いてみると、幼い頃に湯たんぽで低温やけどをしたのだと言う。
或る寒い冬の夜、母親が用意した湯たんぽに足を触れさせたまま朝までぐっすりと寝てしまったそうな。
深い低温やけどは、強い痛みを伴ったまま長期間治らないと聞いたことがある。
幼子にはそうとう辛かったのではないか、と想像しながら聞いていた。
しかし、父は話の最後にこう言った。
「この火傷のあとを見るたびに母ちゃんを思い出すんだよ。
寒かろうって、湯たんぽをそっと入れてくれた優しい母ちゃんをな」
感謝の言葉だった。
父は高校生の頃、母親と死別している。
もしかすると身体の傷あとだけでなく、心の傷もまた、考え方ひとつ、捉え方ひとつで、時として、感謝の気持ちにさえ変わることがあるかもしれない。
この胸にドシンと鋼の塊が落ちた。
少しだけ酔いが覚めた。
傷あとは私たちを構成している元素みたいなものなのではないか。
「kz」という記号で表せる新しい元素だ。
いつの日か美しい化学反応を起こしすかもしれない
今、これを書いていたら、おなかが
「グーーブボビーー、、」と鳴った。
とてもお腹が空いた。
「こんなにデカい音を立てたらカミナリさまにヘソを取られてしまう。。」と思ったが、
「腹が鳴ったこと」と「ヘソ」は全く関係が無かった。
夏の終わり。
不完全な夕立ちが雷を連れて気持ち良さそうに遠ざかっていった。
龍之介
追録
今回の「傷あとのはなし」は例えば他人からの暴力で受けた傷や、強い心的外傷などのような、あまりにも「深すぎる傷あと」のはなしでありません。しかし今回の「傷あとのはなし」と「深すぎる傷あと」に境界線を引くことは極めて困難なことであると考えております。今回の記事を読み、もし不快な思いをされた方がいらっしゃいましたら、ごめんなさい。